◆第2の問題 対話の復活・促進

 

つぎに失われた対話の復活について考えてみます。

前述したように、紛争の渦中にある当事者の心理状態は、心配と混乱,怒りと恐怖,打算と欲望に満ち溢れており、とうてい冷静に、あるいは客観的に事態を把握できる心理状態ではありません。二人は冷静に話うことができません。

 

対話を取り戻すのには、どうすればいいでしょうか。

 

当事者の話を「聴く」ということが重要です。

 

紛争当事者には聴いてもらいたいことがいっぱいあります。それをちゃんと聴いてあげることが大事です。当事者の話を聴くことによって,相手を受け止める(受容)。ちゃんと聴いてもらえた当事者の心は少し落ち着くはずです。

 

「聴くというのはなにもしないで耳を傾けるという単純に受動的な行為なのではない。それは語る側からすれば、ことばを受けとめてもらったという、たしかな出来事である」(鷲田清一 「聴く」ことの力―臨床哲学試論)

 

では、この相手を「受けとめる」にはどうすればいいでしょうか。

前記の「『聴く』ことの力」のなかで、鷲田先生は、ターミナル・ケアをめぐるアンケート調査の話を紹介しています。このアンケート調査の対象は、医学生、看護学生、内科医、外科医、ガン医、精神科医及び看護師だったそうです。

調査内容は、ある病院の一室で,末期のガン患者の,「私は,もうダメなのではないでしょうか?」ということばに対して、あなたならどう答えますか、というものでした。

 これに対して、5つの選択肢があります。

 

(1)「そんなこと言わないでもっとがんばりなさいよ」と励ます。

(2)「そんなこと心配しなくていいんですよ」と切り返す。

(3)「どうしてそんな気持ちになるの」と聞き返す(質問する)。

(4)「これだけ痛みがあると,そんな気にもなるね」と同情を示す。

(5)「もうだめなんだ……とそんな気がするんですね」と返す。

 

精神科医を除く医師と医学生のほとんどが(1)を、看護師と看護学生の多くが(3)を選んだそうです。

精神科医の多くは、(5)を選んだそうです。

 

(5)は、励ましてもいない、話を転換するのでもない、質問するのでもない、同情するのでもない。でも、相手は、自分の気持ちを受け止めてもらったと感じます。

 

「『聴く』ことの力」において、(5)は、「一見、なんの答えにもなっていないようにみえるが、じつはこれは解答ではなく、『患者の言葉を確かに受けとめましたという応答』なのだ」と指摘されています。

 

 

紛争当事者を説得したり、結論を示したりするのは逆効果なる場合がありです。当事者は、わかってもらえていないと感じたり、反発を覚えたりします。

 

漫然と聞くだけで足りるのか

実は「聴く」はむずかしい行為です。ともすると、話し手の価値観と自分の価値観とが対立し、相手の話を黙って聞いていられなくなります。

プロのカウンセラーが、傾聴できるのは、聴くトレーニングを積んでいるからで、相手の話を積極的に聴いて受け止める(アクティブリスニング)には、すなわち、ちゃんと聴くためには、聴き方に関する理論とそれに基づく技法を習得する必要があります。

 

 

メディエーターの仕事

 

メディエーターの仕事は、当事者の話をよく聞いて,トラブルの背後にある当事者の本当の想い・ニーズが何かを探ることにあります。

しかし,紛争当事者は,感情的混乱状態にあり、冷静に話ができる状態ではありません。対立状況は頂点に達しており、妥協の余地のない状態で、まさにデッドロックに乗り上げています。 

まず,混乱状態にある当事者を共感して受け止め,エンパワーメントすることから始まります。そして対話関係を復活し、促進するのがメディエーターの役目です。