2茨田プロジェクト 緊張の卒業試験

緊張の卒業試験

 

 コース制の3年生は、1月に、ピアメディエーションの2年間にわたる授業の締めくくりとして、卒業試験を実施します。ピアメディエーションのロールプレイング(以下ロープレと言います)を行い、生徒にはメディエーター役をしてもらい、メディエーションをどれだけこなせるのかを審査します。ロープレの当事者役は、担当教員とシヴィルの池田真茶さん(本名池田真由美、以下「真茶」と言います)が演じ、私は、試験官兼講評役です。

 生徒全員が見つめ、張りつめた空気の中で実施される卒業試験は、緊張感満載です。この授業は、公開授業になることが多いので、他校の先生(大阪府以外の全国の学校からも)、大学教授、研究者、教育委員会の関係者、マスコミ関係者等の見学者が詰めかけることもあり、その場合には緊張感はより一層高まります。試験終了後に、生徒が、人生で一番緊張したとか、吐き気がしたなどとよく言っていました。

 当事者役の先生と「真茶」は、一応シナリオとおりの役柄を演じますが、結構アドリブを入れてきます。たとえば、冒頭いきなり「帰っていいですか」と言ってみたり、守秘義務の告知に対し相談している友達に報告していいかと聞いてみたり、突然相手に噛みついて不規則発言を繰り返してみたりします。これに対してメディエーターが臨機応変に対応できるかを見るわけです。通常、メディエーションのイントロダクションで対話のルールを当事者間で設定する作業をしており、たとえば互いに相手の話を邪魔せずに聞きましょうといういったルールを決めています。当事者がこのルールを忘れて相手の話に割り込んだりした場合には、メディエーターは不規則発言を制して、話し合いのルールを決めたことを喚起し、再度ルールを設定したりして、対話関係を修復します。これはよくあるトラブルですので、生徒も想定内なのかたいていは上手に処理します。

 

 生徒ひとりのロールプレイの時間は、授業時間の関係で10分程度しか取れませんので、残念ながら、試験としてはイントロダクションと冒頭の当事者の言い分を聞くところくらいまでしかできません。

 制限時間がきたら、私が講評します。基本的には褒めることにしています。どの子も、人生最大の緊張感の中で一生懸命メディエーターをこなそうとしているのですから、いいところを見つけて評価します。そのうえで、不充であった点を1、2点指摘するようにしています。

 コメントをするのと同時に、採点もします。出席日数の足りている子は、全員に終了証が渡されますが、それとは別に、シヴィルとして(現在はピアメディエーション学会として)成績優秀者に対し、ピアメディエーターの認定証を授与しています。例年5、6名を認定しています。

 


認定証の授与

 

 生徒全員のロープレ終了後、すぐに教室の片隅で、真茶と協議して、ピアメディエーターとして認定する成績優秀者を決めます。認定者を決めてすぐに、教室で結果を発表します。私が、認定者の名前を読み上げ、呼ばれた生徒は前に来てもらいます。認定証書を読み上げて、その健闘を称え証書を渡します。

 

 当初、私は、認定証の授与を学校側と協議したときに、生徒が果たして認定証をもらって喜ぶのか正直疑問に思っていました。

  

 実際には違いました。最初の卒業生の試験前の打合せで、担当教員から、実はひとりかなり厄介な生徒がいると聞いていました。橋詰洋子さん(仮名)という女子生徒で、ピアメディエーションの授業に来ることは来るのですが、いつも机に突っ伏して寝ており、何度も注意しなければならず、グループワークも参加を嫌がることが多く、仲間の生徒がなんとか説き伏せてワークに参加させているのが実情ですとのことでした。

 

 試験当日。やはり彼女は机で寝ていました。私は、これはだめかなと思っていました。彼女の番になり、彼女は、メディエーター席に座り、緊張した面持ちで私の顔を見ていました。教員が「用意はいいですか。ではスタート」と声をかけました。彼女は意を決したように、にこやかな笑顔で「こんにちは、私は本日のメディエーションでメディエーターを務める橋詰洋子と言います。どうぞよろしくお願いします」と言ったのです。驚きました。その後、洋子さんは非常に的確にメディエーションのイントロをこなしました。授業をきちんと聞いていなければ、このイントロ部分はできません。一つ一つのイントロの意味を理解していなければ応用も利きません。当事者の言い分を聴く段階でも、サマライジングを見事にこなしましたし、当事者が不規則発言をした時も、話し合いのルールを再確認して上手に対話を元に戻しました。終了後の講評で、私は、よくできいると褒めました。彼女は少し上気した様子で嬉しそうにしていました。

 

 全員のロープレ終了後、真茶との協議の結果、洋子さんは何の異論もなく認定することになりました。いよいよ認定証書の授与です。二人の生徒まで認定書を授与した段階で、彼女は机の上で寝ていました(寝ている格好をしていました)。私が、彼女の名前を呼びあげると、彼女は「うそ」と叫びながら、がばっと立ち上がり、前に小走りでやってきました。本当にうれしそうな顔をしていました。満面の笑顔で私から認定証を受け取り、試験終了後には認定証を握りしめながら担任の先生と楽しそうに話をしていました。

 

 彼女がなぜ、寝たふりをしていたのかは私にはわかりません。でも、彼女が一生懸命ピアメディエーションを勉強していたことはまちがいありません。

ひょっとしたら、ピアメディエーションは、彼女のこれからの人生になにか少し影響を与えたのかもしれません。ピアメディエーションの取り組みをやってきて本当によかったと思える場面でした。