◆パワハラにより自殺したケースでの東京地裁判決(東地19.10.15)

【事案】

原告の夫である甲が自殺したのは,甲が勤務していた日研化学株式会社における業務に起因する精神障害によるものであるとして,原告が静岡労働基準監督署長に対し労働者災害補償保険法に基づき遺族補償給付の支払を請求したところ,同署長がこれを支給しない旨の処分をしたので,原告が東京地裁にその取消を求めたというものです。

 本件は,いわゆるパワーハラスメントを原因とした自殺を労災と認めた点において注目される事案であり、医療情報担当者の自殺について業務起因性が認められ,その原因となった心理的負荷の内容に特色があることから、当時注目された判決です(この点は省略します)。

 この判決理由中で,「(甲の所属部署である)静岡2係の勤務形態が,上司とのトラブルを円滑に解決することが困難な環境にあることを挙げることができる。本件会社における静岡2係の勤務形態からして,甲は乙係長から受ける厳しいことばを,心理的負荷のはけ口なく受け止めなければならなかった上,周囲の者や本件会社が,静岡2係の人間関係ひいては甲の異常に気付き難い職場環境にあったものと認められ,乙係長の甲に対する動を本件会社の職制として探知,察知して,何らかの対処をした形跡を認めることはできない。このような勤務形態と本件会社の管理態勢の問題も相まって,本件会社は,乙係長による甲の心理的負荷を阻止,軽減することができなかったと認められる」としています。

 他方、判決は「甲の自殺後,甲の同僚らが原告方を訪問して弔意を表した際に,同僚が,甲と乙係長の関係に言及し,このままではまた甲のような犠牲者が出る旨述べたという事実は,本件会社の従業員の中にも,乙係長の言動は部下の自殺を引き起こし得る程度の過重な心理的負荷をもたらすと感じる者が少なからず存在したことを意味する」という認定をしています。

 以上のことから判決の趣旨として、第1に、会社は、従業員間のトラブルを知らないでは済まない場合があり、会社がこのようなトラブルを察知する仕組みを整えていない場合には法的責任を負うことがあることを意味しています。

 第2に、判決は、会社がパワハラの事実を知らなかったが、同僚である従業員にはそれを把握する者が存在していたことを認定しています。すなわち、会社のトップはもちろん管理監督者も知り得ない従業員間のトラブル等について、仲間である従業員は知りえる場合があることを認定しています。

もしこの会社にピアメディエーションが導入されており、パワハラという問題事象を知っていた仲間である従業員が、甲に対してなんらかの関与をしていれば、本件のような事態を避け得たかもしれません。